野川流域の農景の再現


古老に聞く野川流域の農景

渡辺虎三さんから昭和30年代の農業の姿を聞き取りました(平成21年8月)
渡辺さんは、田3.6反、畑11.0反を耕作していて、次の話をしてくれました。

 畑作物 昔は桑、その後、麦・陸稲、野菜  水田の米は全て売った。
 野菜は、砂利道を都心まで歩いて、売りに行った。
 食事は、麦7陸稲米3の麦飯を食べた。陸稲はパサパサして不味かった。

 都市化で用水が汚濁し昭和45年で最後の田植えとなった。
 翌年の46年11月に記念碑が建立され、渡辺さんも立ち会った。
 カプセルには籾、新聞等を入れた。

 野川は、水量が豊富で大川と呼び、泳いだり、魚取り(ハヤ、うなぎ、鯉等)をした。
 野川は、元々玉川上水から分水し砂川分水を経て、豊かな水が流れていたというのです。

渡辺虎三さん所蔵写真

昭和30年代の稲作作業

春      野川の淵(くじら山辺り)にレンゲ草が見られた、高畝に菜種が見られた
5月5日   苗代に朝播種 (品種は、日本晴れ)
6月中旬  代かき(マグワで耕す) 数日後に田植え
7月上旬  草取り(1回目)  下旬に草取り(2回目) 中干し(湿田だから重要)
8月下旬〜9月上旬  出穂
9月中旬  落水
9月下旬〜10月上旬  刈り取り ハザかけ(竹の支柱)  随時脱穀

湿田であり、裏作はできなっかた、一部で高畝を作り菜種を作付けした、中洲は畑作をした
肥料:刈り草、人糞
単収:4俵/反 程度
  
昭和30年代の野川と田んぼの景色  
(画像:あの頃この頃 小金井写真集 水澤撮影  一部を拡大)

農景の再現活動

野川ほたる村は、武蔵野公園の一角にある畑を借りて、昭和30、40年代の畑作と稲作を
再現する活動を行っています。
稲作は、6uのミニ田んぼをつくり、当時と同じように品種は「日本晴れ」を毎年作っています。
当時のように、田んぼの一角に苗代を作り、田植えをして、鎌で刈り、竹の稲架(ハザ)に架けて
天日で乾燥させています。
高台の田んぼは、野川から水を運ぶ労働はたいへんですから、実り秋の喜びはひとしおです。


日本晴れは草丈が高いので、収穫・脱穀後の稲ワラは、莚、俵、草履、鍋敷き、束子など
色々な生活用品に細工にされました。
その伝統技術の一端を再現し継承するため、ミニ田んぼで栽培したワラを使って、
クラフト教室でワラ細工づくりを催しています。


畑作の方は、ハケの落ち葉を堆肥化して土を肥沃にし、四季折々の作物を栽培しています。
毎週の農作業で細やかに管理し、暑い夏には水やり作業は欠かせず、作業は大変です。
ここでは、当時の野菜作の苦労や農作業風景を忍ぶことができます。


狭い面積ですが、メンバーは多様な作物栽培を勉強し、整然とした野菜畑が再現されています。
素人とは思えない技術を身につけて、農景の再現に努めています。
サツマイモなどは、近くの幼稚園児に、芋ほり体験などの機会を提供しています。


時には、ほたる村の畑作メンバーの汗の結晶である収穫物を囲んで収穫祭、交流会も催しています。
これが、次に向けて頑張る元気の源になっています。





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